今という器の中から

過ごした時間を振り返る雑記ブログ

20220731

 最近は歳を取ったと感じさせられることが増えた。

 今年の5月ごろに馴染みの深い人が入社してきた。世間は狭いなと思わされる。当時のことを思い出すことが増えた。それは死刑に至る病に出てきた榛村のまなざしのようなもので、当時の自分というものを意識するには充分なものだった。現在の自分からは切り離されていた、輝かしかった頃。外の世界を意識することがなかった頃の自分に思いを馳せていた。

 この3か月ほどで少し人生への取り組み方が変わったと思う。アラサーというものを意識するようになった。現状維持の生活だと、もう人生は上向くことはないのかもしれないなと思うようになった。見方を変えると、自分は人生を上向かせたいとまだ思っていたんだなと感じた。20歳くらいの頃はネットサーフィンをしては自己啓発の本の二番煎じのような記事を読んでいたものだった。今も昔も有能ってものに憧れ続けている。

 アラサーになってタバコを吸い始めた。父親の辞めたセッター、ピアニッシモマルメンKOOLのリトルシガー、ラキスト、キャスター、メビウス。どれもこれもむせてまともに吸えなかったような気がするが、セッターを一箱潰したときには、何か感じたかった。キャスターのロングが一番マシだったかもしれない。いや、ピアニッシモの方が自分には旨かったか。煙草を吸ったところで眠いものは眠かったし、煙草が他の悩みや不安を食い潰してくれることもなかった。側に寄り添ってくれることもなかった。代わりにイライラしたことは煙草に押し付けることができたし、仕事をサボって外の風に当たりながら吸うタバコは、まあ旨くはなかった。風は気持ちよかったし、空は青かった。仕事が片付いてない中でも誰かのことを考える時間が取れて、ここではないどこかとまでは行かずとも、日常から少し外れた場所に向かうことができた。もう必要ないと思って禁煙を始めているが、辞め続けられる自信はない。今までの人生には無かったもののくせに、よくもまあ割り込んできたものだ。

 今月からジムを契約した。パーソナルトレーナーが付いているようなジムではないので精々けがをしないように頑張りたい。まだ4回ほどしか行けていないし、何も達成できちゃいない。懸垂ができるようになりたいだとか、100kg弱の仕事道具の搬入を補助ありでできるようになりたいとか、70kgくらいの子をお姫様抱っこできるようになりたいだとか、腹筋を割りたいだとか幾らかの目標は思いつくがどれもこれも少し調べたらその遠さが簡単に分かる。年単位の努力が俺にできんのか問いかけてみても答えがノーなのは分かってる。今日のこともまともに出来んのに明日以降のことが約束できるもんか。

 久しぶりに本も読んだ。好きな人の好きなことは真似したくなる性質でそれが読書だった。それでも読んだ本はそう多くなくて死刑に至る病と、「また、同じ夢を見ていた」を読んだ。あとはブルータルを読んで、幾田りらさんの曲だったり、AAAのニッシーさんの曲を聴いたりしていた。住野よるさん繋がりでGOOD ON THE REELを久しぶりに聞いた。向こうはGOOD ON THE REELは知らないらしい。LじゃなくてRです、なんて他の人のブログにコメントしたのが懐かしい。何年前のことだろう。

 人を好きになるとどうしてもその人に執着してしまうようだ。同じ過ちは何度もしているのに一向に直ってないな、なんて今回も思った。何年経っても。歳は取ったのに。簡単に惚れて、簡単に取り乱して、勝手に信じられなくなって、自分で人間関係をぶち壊していく。煙草じゃ代わりにはならないし、たった数回のジムじゃ人間は強くならない。だから初めから距離を取っていれば良かったのに、数年たったし食事に誘ってもなんてことを考えなければもっと自分の望むような人生に近づいただろうか。そんなわけはない。後悔は幾つもある。間違った選択も何度もしただろうけど最善は選べていたはずだ。後悔はしているけど、自分の人生に納得できているはずだし、同じ道をきっと選ぶだろう。それしかなかったとそうしたかったをちゃんと選んできたはずだ。別な子に「結局キープだったんでしょ?」なんて言われても何もかける言葉がなかった。彼女として暮らしていくには俺が求めているものがあったし、突き放すには優しさがなかった。誰かが、背中を押す瞬間は傷つくものだなんて言っていたけど、自分から離れていけるように背中を押すなんて、そんな優しさは持ち合わせていなかった。返せるものが無い。貰ったものは多い。人生は捧げられない。何が返せるんだろう。何もしないことも優しさか? 結局誰かを傷つけただけなのが俺の人生か?

 入社したその子がダーツに興味があると言うから久しぶりにダーツを投げ始めて、apexを殆どしなくなった。昔よりは下手になってしまったけど、夜中に飲みに出てダーツ投げてなんてのも、あと何年出来るんだろうな。ビリヤードが好きって言ってそれに何人かで付き合ったりもした。普段からやることもないので新鮮で面白かった。昔を追いかけるダーツよりも、新しい発見のあるビリヤードに心が動くこともあった。次の月末にはハウストーナメントがある。それまではダーツを投げたいと思っているが、今はその先を考えずに昔の影を追いかけている。その子が笑って笑わせてくれて、たまに怖くなる。幻滅されたらこうやって笑ってくれることもなくなって、失ってしまうんだろうかって。別にその笑顔を手に入れたわけでもないのに、失うなんておかしな話だ。

 気が変わったっていうのもある。全員が全員に貰ったものを返せるわけじゃないし、俺はしょうもない人間だ。努力もしないのに上を見たがる。それに近づく努力をせにゃならんのだろう。俺のことなんて気にも留めない人間がいる。俺の破滅を望んでいる人間がいる。俺の成功を望んでいる人間がいる。俺がどうなろうと誰かの夢は叶えるんだから、俺は自分の好きなように生きたらいい。大切だと思うことをやればいい。自分勝手なのは変わらない。俺に優しくしてくれた人を俺は幸せにしたい。そういう人間でありたい。一番じゃなくても方法があるんだって思いたい。