今という器の中から

過ごした時間を振り返る雑記ブログ

20180818

 花火大会に来ている。都会がどうかは知らないが地元の花火大会は中高生が主役だなと思った。何となくの期待をかけてみるものの、上手くはいかないものだなあと考えていた。もともと上手くいく可能性の方が低かったのだから順当な結果だ。イベントごとと言ってもこの程度だよなという感覚を深めている。さっさと帰るべきなんだろうなあと思ったりもするが、正しく合理的な選択が出来ない。花火大会に来ているというのに、いや、祭りに来ているというのに、端っこに座って祭りの音をBGMに日記を書いている。もう一日が終わってしまっても構わない。満足はしていないが、どうせこれ以上良くもならない。花火が打ち上がるまでまだ一時間以上かかる。日記に書くこともそんなにはないだろう。花火を見ればもう少し良い方向に心が動くだろうか。今のところはやっぱり、一番俺を救ってくれるのは人間への依存のようにも思う。幻想を着せられる人間なんてのはそう多くもなく、偶然に委ねるほかない。他人の幸せそうな顔も笑い声も、嘲るように聞こえる。やっぱり俺は家で大人しくしておくべきだったんだろうなと思う。人混みは苦手だ。暗闇に差す光は好きだ。祭りの音も嫌いじゃない。俺から離れた祭りの人混みも嫌いじゃない。俺に関係がなければ美しいものなんだろう。俺の存在が醜い。俺の存在が世界を汚している。俺に関係のない世界を生きたい。俺の自我が必要ない。苦しいと感じる脳を消したい。そんなのは一日に五分もあれば充分だ。他は必要ない。結局最後の部分では俺が許してないんだろう。本当にくだらない俺の世界を生きている。