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星明かりの更新

真っ直ぐ立つために、少しの呪いを添えて。現人神へと変わるまで、リターンズ。

今週のお題特別編「子供の頃に欲しかったもの」

今週のお題特別編「子供の頃に欲しかったもの」
〈春のブログキャンペーン 第3週〉


 こういうのを見て、第一感、タイトルに気をつけるだけでPVが増減するんだろうなと思った。横並びしやすそうだから特に。それが何周目の考えることなのか分からない。これからどう移っていくのかも謎だ。


 今週のお題は「子供の頃に欲しかったもの」らしい。書きやすそうだったからか、はたまた気になって惹かれたからか、そのどちらになるかも分からないが書いてみようという気になった。


 “子供の頃”と聞くと、トガミにとっては小学生くらいの時期が想起される。それも低学年くらいか。その頃、自分が欲しかったのは「身分」や、「安定」だったのだと思う。「課長になりたい」と、よく言っていた気がする。“どこの企業の”とか、“どんな仕事の”なんて発想はなかった。今になってもその根本は殆ど変わりがないらしい。


 当時、努力すれば結果が伴うものだろうと思っていて、かつ課長なら努力如何でなれるものだと思っていたような覚えがある。今になって振り返ると『気概に満ちているなあ』なんて思うが、実際は何処からかの受け売りで、何も考えていなかったような気もする。


 『世の中には“課長”という席が用意されていて、自分はそこに座るんだ』なんて考えていた。そんな感覚が近いと思う。なんとまあ傲慢というか、何というか。


 書いてみて、本当に欲しかったのがそれだったのかは自信がない。本当は最新のゲームだったかもしれないし、アイスクリームだったかもしれない。それとも捻りもなくお金だっただろうか。自分の小学生の階層を覗いて、ぐうぜん真っ先に出たのが当時の夢だっただけだろうか。

 

 思うと、傲慢だったのは小さい頃からずっとだったのかもしれない。トガミが欲しかったのは「最大限に努力を行った結果や成功の証」だったのかもしれない、なんて思ったりもする。そう考えると見栄っ張りの方が適切そうだ。


 自分勝手に思う「最大限に努力を行える環境」が欲しかったのか、それとも「最大限に努力を行える」と思いたかったのか。思い通りになる世界が欲しかったのかもしれないし、自分は努力ができると信じたかったのかもしれない。


 過去の自分に直接聞いてみないと、今の自分が答えを決めるのは難しそうだ。とりあえずアイスでも買ってあげれば喜ぶと思う。今でも少し喜ぶ。


 お題を読み直すと、「子供の頃“に”欲しかったもの」だった。身分も安定もアイスも現在まで欲しい。子供の頃“も”欲しかったものになるのかもしれない。もっと、「訳も分からず当時欲しがって、今は必要ないもの」とかに目を当てるべきだったか。今更書き直す気も起きない。今は安心が欲しい。うん、安心が欲しいな。