半径マイナスの生活空間

現人神へと変わるまで、リターンズ。

20180506

 GWも終わった。何かしたような気もするし、何もできなかったような気もする。賃貸物件を探してみたり、人間関係について考えてみたり、カフェに行ったり、かき氷を食べに行ったりしていた。カフェに行ったり、かき氷を食べに行ったりは、恐らく去年くらいの自分では考えもしなかっただろうし、しようとも思わなかっただろうなあと感じる。自分が思う変化だろうか。場所に紐づいた写真をネットにアップロードするのも、四年くらい前だったら自制してやらなかっただろうなあと思う。これは変化の中であんまりいいものとは思わないが、まあ自然な変化っちゃあ自然な変化なんだろうな。AviUtl、思い返してみるが五分も触っていないかもしれない。そもそもパソコンを立ち上げるのすら面倒だった。パソコンを立ち上げる行為にすらワンクッション必要なのがネックなのかなあと思うが、ただの言い訳だ。一人暮らしが実現すればこの辺りの言い訳も効かなくなるので六月一日から一人暮らし出来りゃあいいなあと思う。存在がデジタルタトゥーだ。かき氷を食べに行ったときに可愛い女の子の二人組がいた。ナンパをする人間はこういうときに声掛けるんだろうなあなどと考えながら帰った。仲良くなりたいなあとは思うが声は掛けられない。自分に自信がないのもあるだろうし、やましさもあるだろう。だとすると尚のこと声を掛けられないのが恥ずかしいなあと思った。下心を隠せず自分にも自信がない、人間として未成熟だ。まあ、声を掛けてただ迷惑をかけるのはそれ以上に未成熟とも言えるかもしれないが。自分が程度の低い人間だと自覚する。容姿の美醜が人との関わりの始まりにならないなら、人との関わりの始まりは何なら好ましいのだろう。趣味? 価値観? そんなものをどうやって現実に見分けてるんだろうなあ。人と関わろうと思わないってのが正解か? まあそんな感じで生きてきた気がしてるんだが。可愛い女の子に愛されたいと思ってしまったから、あんまり蓋をして生きていきたくないなあ。自分に自信がないのを間違った方法で埋めようとしてるんだろうか。間違ってれば上手くいくはずもないのに。生きていて退屈だ。たぶん好ましい生き方をしてる。良いところまでは来てると思う。苦痛は抜けた。退屈だと思えるくらいに環境は整ってきてる。あとは安全な刺激を求めていきたい。自分にとって好ましい刺激って何だろう。自分だけで完結するようなもの。それで自己肯定も得られれば尚更いい。毎度のこと。そっから先に進めずにどれだけループしてんだ。余裕のある人間になりたい。余裕って何だろうな。可愛い女の子に愛されたいならそれくらい魅力的になってみせろとしか言いようがない。何なら結果が出るまでコミットできるだろう。中途半端に始めて辞めてを繰り返してきた。どうすれば届くだろう。いちばん若くて、いちばん仕上がってるのが今日だ。それでもこの程度か俺は。弱いなあ。

https://www.instagram.com/p/BiYR5SMhMTr/
#南蛮楽市 #キッチンカー #かき氷 #抹茶金時