半径マイナスの生活空間

現人神へと変わるまで、リターンズ。

20171023 写真など雑記

 

 

 仕事で香川に来ています

 


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 休日は何時間歩いているか分からない。恋人は地元にいるのでふとしたときに寂しくなる。一人でいても仕方がないので、少しでも土産話が増えるように休みの日は観光にリソースを割いている。地元にいる間は引きこもってばかりいるので、自分ではキャラクターに合わないことをしているなと思う。恋人といられない時間を、次に恋人といられる時間のために使いたい。

 

 観光している間、『隣に恋人がいてくれたら』なんて思うのだが、実際に恋人が隣にいるようだと自分は面倒になるのだろうと思った。自分はきっと自身が思っているよりも自由が好きで、旅先で独りだからこそ自分は自由を謳歌しているのだと思う。ただまあ、早く帰って恋人に会いたいとも思う。恋人が好きなのかどうか考えてみるが、自分の精神を安定させるために依存しているだけなのかもしれないなとよく思う。

 

 幸せだとか、人生の消費だとか、世界や変化のことだとかを考えた。自分の人生を歩まなきゃならないななんて思うけれど、自分の人生に対していつまでも迷っている。これもある意味では世界を見ると言うことなのかもしれない。

 

 音楽を聴きながら何時間も歩いた。好きなことについて考えて、自分は音楽に合わせることが好きなんじゃないだろうかと思った。まとまった時間があったのならダンスとかに手を出してみたのかもしれない。それか楽器、ベースとかだろうか。リズムゲーもいいのかもしれない。けどリズムゲーは前に挫折してたっけか。

 

 今の自分は恋人といれば大体満足する。けどそれはきっと永遠ではないのだろう。自分の気持ちもそうだし相手の気持ちもそうだし別れは必ず来る。彼女より先に死にたい気もするし、彼女を看取りたい気もするし。いや、こんな人生だがまだ諦めは付かないし、そもそも死にたくないな。今の心の頼りは、恋愛だとか人は分かり合えるだかの幻想やら宗教の類なのかもしれない。

 

 誰かが幸せは自己完結すると言った。自分の幸せも自己完結こそしているが、自己完結の中に他者への依存を包含している。別にそれ自体が悪いとは思っていないが、もっと主体性を持って自己完結した幸せも見つけていきたいものである。

 

 自分で楽しさを見つけられれば自分が楽しくなる。自分が楽しいことで喜んでくれる人がいれば、それなりに満足した人生だろう。ぼちぼちやっていきたい。