半径マイナスの生活空間

現人神へと変わるまで、リターンズ。

どんな仕事を探すのか考えている

 0:01 2017/09/21

 転職エージェントに頼れないと分かって数日。九月も終わりを見せはじめ、十月が始まろうとしている。引継ぎを終えるまでの時間はとても長いが、死ぬまでの時間はとても短く感じる。そんなもんが俺の目に入ることはないはずなのに。

 受けてみたい仕事はいくつかある。無職よりはマシと感じるといった程度で、本当はもう少し人と関わることを減らしていきたいのだが。けれど自分にできることなんて他にない。求人を眺めていると、自分の考えなんかよりもずっと世間ってやつの風当たりは強いらしい。受けてみたいところの選択肢は四通りくらいある。

 

  1. 地元の契約社員から正社員を目指す
  2. 長期研修を都市部で受け、地元の一般職を希望する
  3. 県庁所在地に引っ越して求人応募の枠を広げてみる
  4. お金を払って技術を身に着け、地元に希望の求人が出るまでパート・バイトで食い繋ぐ

 

 個人的には一長一短だ。どれを選んだところで希望が通るとも限らないし、ぜんぶ落ちて絶望する可能性もある。自分が実現したいことは「恋人との同居と趣味の実現、労働での自己肯定」と自分の日記に書かれている。

 1は30を超えた後にも続けられる業界なのか不安がある。しかし直近の時間的な面でいえば、いちばん恵まれている選択肢だとも考えられる。そもそも契約から正社員に上がることもそう簡単にいかないだろうと思ってしまう。はたして先々に渡ってまで時間をつくり続けられるのだろうか。

 2は三ヵ月から半年の研修が前提になる。そしてそれを乗り越えられても地元の一般職として配属されるかどうかは運としか言いようがない。とても甘ったるい話だがたったの半年間さえ離れることが憂うつだ。それだけの期間で変化があるような関係でないと自分には言い切れない。これから先に一緒にいられるとしたらほんの誤差に過ぎないのに。代わりにそれに見合うだけのリターンも見込むことができて、すべての希望が叶うなら地元ではかなり高水準の求人になる。

 3は新たな可能性に期待する選択肢だろう。基本的に人口に対して求人は比例する。県庁所在地から地元間の移動は恐らく2時間くらいだろうか。休日に会えないこともないはずだと思っている。地元には飲食や小売、介護以外の求人はほんの一握りなので、何かやりたいことがあるだとか、ホワイトカラーの仕事をしたいだとか、転職サイトを使って求人を行いたいだったりの理由があるなら引越しも視野に入る。けれど現状では自分が最優先したいのは彼女と一緒に生きていけるかどうかであって、よほどの良求人でなければ今回の条件に繋がりにくい。そしてそんな良求人の倍率に自分が適うとは思いづらい。

 4は自分の考える理想を実現するための生き方だろう。ただし、自分の考える理想のはずなのにまったく自分の視点がなく、夢物語になっている。自分の理想は何かを考えてみて漠然とかっこいいというふわっとした答えが出た。前にも「WEBデザイナーになりたいなと思った。仕事をしたことはないし、HTMLもCSSJavascriptphotoshopillustratorも分からない。」と書いている。なりたい人間はなりたいって言うだけじゃなくて何かやってるもんなんだよ。なんで俺は分からないのかなあ。

 「自分はまだ、自分の代わりにウェブサイトが働いてくれることや、スケールが効くことに対しての幻想を捨て切れていないのだろう。」

 「休みの日は恋人と一食どこか外食に行きたい。好きな洋服を買いたい。地元で暮らしたい。自分と誰かのために働きたい。迷うことなく仕事がしたい。誰かに傷付けられたくない。誰かに優しくされて誰かに優しくして働きたい。子どもがほしい。ネットが使いたい。ソシャゲにも月額千円くらい課金したい。欲しいCDを買ってみたい。」

 「自分の希望の仕事の条件を考えてみると、完全週休二日(土日祝日はこだわらない)、盆や年末年始も休みだったことがないのでこだわらない、ボーナスも貰ったことがないのでこだわらない。転勤なし、地元での仕事(必須)、手取りで15万~(40歳で20万くらいを希望)、ノルマがない、日勤、自由にお手洗いに行ける、(職場内の人間関係が良好である)、最初の数ヵ月間、分からないことが同僚・上司にすぐに相談できる環境がある、老体まで持続可能な仕事というのが思い付いた。

 とは言え、地元の求人には完全週休二日がそもそも皆無といっていいくらいで、ノルマがない仕事なんていうのも殆ど無いだろうと思っている。転勤なしで地元の仕事と手取り15万っていうのは基本的に両立しないし、人間関係が良好である、自由にお手洗いに行けるっていうのは働き始めてみないと分からないことであると自分では思っている。

 自分は資格も持っておらず若さは有限である。自分では当たり前だと思っていた希望要件も、自分の能力からすれば世間基準でいうと高望みらしい。その自己と世間のギャップに上手く合わせられていないことを考えると認めたくないが確かに自分は無能らしい。」

 

 例えばWEB屋として独立できたとすれば、高齢になって仕事を辞めさせられる恐怖から逃れられるんじゃないかと思った。けれど独立したとしても案件が常にあるとは限らない。むしろ高齢になって仕事をリストラされるよりも、独立して仕事がなくなるほうが現実的だろう。それにもうそんな夢を語ってられるような歳だろうか、夢を語れるだけのバイタリティが自分にあるといえるだろうか。この二週間、WEBデザイナーに関わる知識を何も勉強してこようとしなかったくせに。

 
 私がいかにして孤独感と虚無感を人生のよりどころとするに至ったか? | jMatsuzakiを読んで自分も我慢こそが美徳だと思って半生を過ごしてきたんだろうなと思った。学生時代はそれで問題なかった。我慢したんだから報われると調子に乗って就職に失敗し、今に至る。我慢していたら好転していたってのは自分の錯覚で、我慢してもしなくても俺の人生は登っていっていたんだと思う。俺の人生だから登っていたわけじゃなく、若さや学生っていう下駄はそれだけ便利なものだったわけだ。それ以外の方法を知らずにここまで来てしまって、帰るための道もどこへやらだ。

 今になって自分が個人で発信を行っている活動っていうのはこのブログと詩を書くことくらいか。残念なことに目に見える形で残っている活動は自分にはそれくらいしかない。どうせやるなら金銭に変わるクオリティを目指したいが、現状では身の程知らずとしか自分自身に声の掛けようがない。もっと自分のことを、もっと綺麗なカタチで、もっと他の人まで伝わるように。けど、詩を読む人ってのは何を求めているんだろう。綺麗に見えた感情を残していたい。