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星明かりの更新

真っ直ぐ立つために、少しの呪いを添えて。現人神へと変わるまで、リターンズ。

20170511 ライフワークについて悩む時期が来た


 ライフワークについて悩んでいる。趣味というものに悩んでいる。どう生きてどう死ぬべきなのかが頭にチラつく。まともに考える気にはなれない。何てこともない日常が忙しいからだ。



 最近は手芸に興味が出た。彼女の趣味らしい。自分はまったく興味がなかったからこそ、どんな世界が広がっているのか少し見てみたくなった。minneというアプリについての本を読んで、売価の目安は原価の三倍くらいという記述だけが頭に残った。ハンドメイドには大きくどんな種類があるのだろう。今度 聞いてみようか。自分でやってみようとは思わないが、どんな感じなのか触れてみたい。まだまだ自分の中での全体像すら固まっていない気がする。



 写真にも興味がある。写真の技術だとかカメラのスペックの要素なんかは抽象的な共通言語なのだろう。被写体なんかは具体的なローカルなんだろうと思う。写真撮影の上達を目指したいが何を撮ったらいいのか分からない。街をブラブラと歩いていれば目に入るものもあるのかもしれないが、あいにくとそんな柄ではない。写真を撮るために外に出ようとは思わないし、そのために時間を取る気も起きない。写真には世界を切り取るというイメージがあって、そういうところがいいなあと思う。例えカメラマンが下手であっても、変わらず現実はそこに佇み続けている。同じはずの世界があって、切り取り方で見方が幾重にも変わる。けれども自分にとっては外に出て被写体を探すというのが、あまりにもハードルが高いようだ。他の人はそうでもないんだろうけど。



 友人が冬コミに何か出したいねと言っていて、住んでいる世界が違うなと思った。自分にも何か信じられるものがあったらよかったのに。



 昔、将棋やFPSにのめり込んでいた時期があって、どちらも敵が明確なんだよなあと思った。それがのめり込んだ理由なんだろうか。まあ、どちらもカジュアルゲーマーとして気楽にやって勝てていたから楽しめていたのだろう。上下の層が明確に分かれていて、急に自分の戦いが通用しなくなる。勝てなくなった途端にどちらも熱が冷めた。自分は誰かに勝ちたかったんだと思う。優秀だと認めてほしかったんだろう。きっと手段を間違えているのだろうが、そうやってさえ実現しなかったと思うと悲しくなる。



 小説にも興味を持って、Kindle Unlimitedを使って少し、書き方指南本を読んでいた。その本の中で、文章への肉付けとして具体的なエピソードを盛り込むことが必要だと書かれていて、これは自分には無理だなと思った。具体性のない文章をその本では観念的な文章と呼んでいた気がする。相性が悪いんだろうと思えただけでもいいのだろう。後ろ髪が引かれる回数が減る。日付情報だけで括るとすればきっと日記としては成り立つのだろうし、テーマを一貫して書くことができたならエッセイと呼べるのかもしれない。きっと可能性を閉ざすことが前に進むきっかけに変わるという霊感が働いているので、自分にとってある程度より確度の高い諦める理由があったら積極的に諦めていきたい。そして比較的続けやすいと感じるものを育てていけたらいいなあ。



 詩にも興味がある。だが自分にとって詩は自由すぎてよく分からない。よく分からない上に自分の書く詩は他人に評価されることもないのであまりコスパがいいとは思えない。コスパなんてものを考えて詩を書く人間がいるのかなんてことを自分は知らないけれど。まだまだエゴが消しきれていないってことなのかなあ。自分の心を癒す中身が欲しい。けれども他人の評価を貰える外側も欲しい。けどもそれが何なのかってことが自分にはよく分かってない。欲しいのは理解じゃないらしい。



 DTMにも興味がある。音楽というものにも自分は自由を感じていて、反面、途方に暮れている。可能性の広がりを感じるが、どうにも自分の手に負えるものではないらしい。恐らく将棋と同じように定跡が複数存在するのだろうけれども、どうやってその情報にアクセスするのか今のところ見当がつかない。



 エッセイと詩とDTMの先に自由がありそうな気がする。形にしたいなあ。



 その前に仕事を見つけないといけない。まずは履歴書からか。