読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

星明かりの更新

真っ直ぐ立つために、少しの呪いを添えて。現人神へと変わるまで、リターンズ。

20170208 人並みの幸せ

雑記 日記

 成人後、公務員試験に失敗したときくらいから、人並みの幸せってのは諦めたつもりでいた。


 昔の人が掲げていた普通ってのが幻想だっていうのは当時の自分でも分かり始めていた気がするし、レールの上に乗り続けるってのが難しいことだってのは理解していたはずだった。


 成人くらいまでの努力はレールの上に戻るための努力だったのだと自分では思っている。自分にとっては苦しい努力だった。レールの外にいる自分は異物だと感じていた。レールの、世界の内側に戻るために必死だった。


 必死だったからと言って成果が出るわけもなくて、苦しみを味わうだけだったような気がする。当時は一人暮らしで、増えていく奨学金に怯えていた。食べ物を買うたび、飲み物を買うたび、これは必要なものなのかと不安になる。自分に何度も問いかけるうちに頭の中が疲れてきて、それでも参考書は開かなきゃいけない。自分の選んだ道だと言い聞かせて、いつも気が滅入っていた気がする。自分で選んだことなのに、どうしてこんなに苦しいのだろうと。


 この頃はTwitterやブログが心の拠り所になっていた。お金を払うってことをしなくて済んだからだと思う。人付き合いにも移動にも、お金を使う心の余裕がなかった。けれども自分を持て余していた。残った自分という水の流れた先がインターネットだったのだろう。あり得たはずの時間も未来も機会も、全部ドブに捨ててきた。後から生きた俺が言葉にした記憶であって、当時を生きた自分はそんなこと思っていなかったのだろうけど。


 そうして実家に戻り自分としては何とかフリーターになった。ネガティブな面倒くさがりで、わがまま。人格があまりよろしくはないと思うし、それを補うような才に恵まれているわけでもない。それでも自分では器用だと思っていて、当分は死ぬことはないし、家族を犠牲にしても、周りの人間を不幸にしても、俺は生きると思っている。これが俺の抱える弱さだとしても、俺の代わりに他人を犠牲にすれば俺は生きていける。そうしてこれからも生きていくのだろう。


 いつしか努力というものが馬鹿らしくなった。努力が俺の何を変えてくれただろう。頑張ったらできると感じることでも頑張らなくなった。ただ時間が過ぎていった。頑張らないことが普通になって、頑張れなくなった。時間が経つほど自分が何も出来なくなっていく感覚に襲われた。昔は出来たことが昔は知っていたことが昔は苦労しなかったことが、自分から離れていった。


 例えば一緒にいたい人ができたとして、俺はきっとその人を不幸にする。過去だけを覗けば100%と言ってもいいだろう。そんな生き方をしてきている。いまさら生き方を変えようとしてみたところで人の習慣は簡単には変わらない。結婚式の一般的な費用は300~350万らしい。俺の年収は100万だ。その程度の能力しかない。少なくとも俺は、その程度の生き方しかしてこなかった。最大限努力したからと言って今よりマシだった保証はない。それでも決して努力してきた人生ではなかった。今だってそうだ。俺がするべきことは時間をかけて愚痴を連ねることじゃなかったんだろう。


 何年待たせる? どれだけやりたかったことを我慢させる? それでも俺はわがままを言って、来年も仕事があるかも分からなくて、嫌なことがあれば勇気もないのに死にたいとわめいて。


 一緒にいたところで相手の時間を無駄にするだけだ。きっと俺よりも相手に残っている時間は短くて、その時間の価値は高い。真っ直ぐに道を歩いてきた人でさえも人並みの幸せを求め、それが手に入らないのに、俺に手に入る道理がなかった。人並みの幸せってのは諦めたつもりでいた。それでも完全には諦めきれない。俺の考える道理なんかよりも、俺自身を優先しろ。欲しいとくらい言わせてくれ。

広告を非表示にする