半径マイナスの生活空間

現人神へと変わるまで、リターンズ。

「文章とか向いてそうだよね」と言われて

「文章を扱う仕事とか向いてそうだよね」って言われて、褒められているようで嬉しかった。言葉の裏には何かあったのかなあー。考えない方が幸せそうだ。やたら滅多らに書き連ねても何も思わないように見えるのも、案外と文章に向き合うことに抵抗がないからと言えるのだろうか。ただし、難しい文章が読めるわけでもないし、要点が整理できるわけでもない。斬新な視点を持っているわけでもなければ、繊細な表現が出来るわけでもない。もし文章に抵抗がないことが長所だったなら、俺は少しでも多くの本を読んで、何か一つでも人並み以上の技法を身に付けられるように努力していくべきだったんだろうな。

文章に関わる職業ってどんなものがあるんだろうか。プロブロガー、アフィリエイター、小説家、校正、編集者、詩人、新聞記者、ジャーナリスト、コピーライター、作家。どれだってなれる気がしないや。文章に関わるってことは必ずしも自らが書くってことでもないのだろう。

就活をしているとき、誰かに褒められたエピソードを思い出してみようなんて言われても、一つだって思い当たることがなかった。最近は地道なことが向いてそうだとか、文章に関わることが良さそうだとか、時間に対して鈍感だとかと言われる。

まだまだ足りないし俺が他人の目にはどう見えているのかの情報がもっと欲しいと思うのだけど、自分から直接的に聞いても話が歪む気がしてしまう。こういうのをもっと早く知ってたら何か変わったかなあ。

もっと早く色々な仕事に触れていくべきだったんじゃないかと思う。同じかそれ以上に、仕事を通しての人との関わり方を体感しておくべきだったんだと思う。嘆いてばかりいても仕方ないから、そういう自分が大事だと思った要素を、一部でも自分の生活に取り入れてくっきゃないのだろう。

そうして知ったことを、俺の愛する人だとか、俺のことを愛してくれる人たちに少しでも分けられたらいいなあと思う。そう思うならもうちょっと他人にも分かりやすいように書いてほしいものだが、俺よ。