読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

星明かりの更新

真っ直ぐ立つために、少しの呪いを添えて。現人神へと変わるまで、リターンズ。

劣等感の使い道がよく分からない

気が付けば九月も終わりが近づいているらしい。ああ、今年も終わるなあ。俺の人生はどうなっているんだろうなあ。期待というべきか興味というべきか破滅願望というべきか。破滅願望なんて綺麗なものではないだろうなあ、単なる思考の足りない馬鹿だ。いや思考が足りないと言うよりももっと別の、まあ現実逃避か何かか。どこに逃げたって自分からは離れられないのに。

九月は文章をあんまり書いていないようで、自分でも『こいつ何考えてたんだろうなあ』と思う。最近は友人とAVAという戦争スポーツゲームをやっていた。友人と飯を食いに行ったり、『君の名は。』というアニメ映画を見に行ったり。君の名もいつかは過去になる。自分が生きている間に過去になるならやっぱり俺は同じ世界を生き続けていると感じるのだろう。

後はラップシンガーのdaoko さんの曲を聞いていたり、アメリカのラッパーの Machine Gun Kelly の曲を聞いていることが多かった。今まで聞いたことは殆どなくて、九月だけやけに聞いている格好になるんじゃないだろうか。ラップはかっけえなあと思うのだけど、自分自身の中で一番か考えるとどこか自分は嘘を吐いている気がする。音楽にも言葉にも引っかかりはあるように思っても、実際にはそこに初期衝動なんて何もないみたいだ。俺は生みの人間じゃないらしい。だからってカウンターも見つからない。消費だけで満足できていない。消費の量が足りないのか、それとも質だろうか。じゃあどこに向かえやいいんだろうな。

何をすれば結果が出る? 俺が望んでるものは何だ。はたしてそれは生涯のうちで手に入る物なんだろうか。いつになったら答えが出るやら。自分の期待の大きさってやつはどこかで向き合わなきゃならないんだろうな。生かすにしろ殺すにしろ特性は見極めたいもんだ。どうやってこいつを扱えばいいのか。真っ先に悪いところに目が向くが、良いところはあるのか。期待ばかり膨らんで、中身が伴わないなんてのは滑稽そのものだ。

今までブログを丸ごと消してるときってのは自分が抱えられる劣等感の許容量を超えたときなんだろうなあ