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星明かりの更新

真っ直ぐ立つために、少しの呪いを添えて。現人神へと変わるまで、リターンズ。

20160715

 朝の早起き作戦は見事に失敗した。目を覚まし、目覚ましを止めるために体を起こし、満足して二度寝した。起きているより微睡んだまま二度寝をした方が幸福だ。普段は寝付けないと悩む方が多い気がするのに、寝起きの後は寝たくてしょうがなくなるのは不思議だ。その調子で早く寝ろ。

 最近は老後について悩むことが増えた。老後について悩む人生なんて、もはや老後そのものであるなんて誰かが言っていたが、その定義で言えば自分の人生はもはや老後なのかもしれない。これからは普通の一個人も自分の死に方をデザインしていかなければならないのだろうか。すべての個人が延命するリソースはないと言われれば、まあ、そうなのかもしれないなあとは思わされる。人類は増えすぎたのかな。そんなマクロの話をされたところでミクロの世界でしか生きていない自分には分からない話だ。

 ○○さんは何にフルコミットするんですか?って一文を見て、その人の答えが知りたいなあと思った。自分が個人として認識している全ての人の答えが知りたい。まあ、それは叶わないだろうなあ。ブログだけでなく、なんでブログなんだろうなあ、だとか。単に自分のフルコミット先が見当たらないから、他の人のを参考にしたいのだろう。参考に出来るようなものの訳がないのにね。

 昔どこかのイケダハヤト先生がブログは表現だと言っていた気がする。自分は表現がしたいんだろうと思っていたのだが、自分がやりたかったのは精々お喋りくらいだったんだろうなあと思った。伝えたいメッセージがあるかとか、内容に当事者性はあるかとか、文章を伝えるために推敲を重ねたかとか、反対に感情を強調して、筆者の主観の中だけだとしても文章に思いを乗せたかだとか。まあもうお喋りってレベルですらなく、自分のブログを見返せば勝手に一人で喋ってるって方が実感としては正しそうなのだが。

 ほぼ日手帳を見ていたら、西尾維新さんは一日に二万字を目標に文章を書いているらしい。今もそうなのかは分からないが、とても真似できそうにないなあと思った。仮に休日に同じようなことに挑戦しようとしても、途中で挫折するだろう。初めからそんな生活をしていたのかは分からないが、こういうのをフルコミットって言うんだろうなあなんて思った。

 「誰が」も「何を」も両輪なんだろう。

 将来のリソースを食い潰しているおかげで割りの良い生活は出来ている。そんな生活しか出来ないだろうと思っている。何が引っかかるのだろう。今更プログラムが書けるようになるか? 数字に強くなるか? 英語が話せるようになるか? 何の代償も支払っていないのに。それは都合が良すぎるだろう。意味のない苦労をする必要はない。けれども、必要な投資はあるはずだろう。それも目的次第なんだろうけれども。

 物事を頼むってのは自分の中ではマイナスのイメージが大きい。物事を頼むには必要性と正当な理由が大事なんだろうと思っていた。けど好きな人に頼まれると理由のない頼み事すら嬉しくなってしまって惚れた弱みってのは恐ろしいなと思った。恋愛感情が返ってくることはないって分かってるはずなのになあ。マイナスすらプラスに変わるなら、自分に必要なのは主なんじゃないかとさえ思う。

 フルコミットできないなら、何にどこまでなら許せるんだろうなあ

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