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星明かりの更新

真っ直ぐ立つために、少しの呪いを添えて。現人神へと変わるまで、リターンズ。

20160711

 介護問題。自分の回答を挙げるなら、自分は不平不満を言いながら死んでいくのが妥当だなと思った。高齢者に面と向かって死ねと言えるほどの危機感も覚悟もない。実際に介護の現場に立っている人間に押し付けているからこそ、自分は危機感も覚悟もないなんてことが言えてしまうのだろう。たかがバイトの身分ですら、なぜ人間は他業種のことにこれだけの意識すら向かないのかと思うのだが、人の生死に関わることですら考えられていない自分が、他人に言えることなんて何もないらしい。高齢者が死ぬか、日本国民が路頭に迷うかを天秤に掛ければ、どちらがより被害が甚大だろう。被害が大きいのはきっと後者だ。インフラや治安がおかしくなれば前者の人間も生きていくのが困難だろう。しかしながら、見捨てることと、そうなってしまうことでは話が変わってくる。例え確度の高い予測が成り立つとしてもだ。何となく
トロッコ問題 - Wikipedia
が頭に浮かんだ。リンクを辿ると
臓器くじ - Wikipedia
の方が状況に即しているのだろうか。

 国内の配分も考えるにしても帝国主義について考えるにしても、どこからか奪っていることとの大差が感じられない。大人しく死ねと言われて楽に死ねるとは到底思えないが、どこからか奪わないといけないって現実も上手く直視できない。奪うと言っても1か0かの話ではなく程度の問題なのだろうけれど、他者より強く在らねばならないらしい。

 危機感を持ったところでそのときになれば手遅れなのだろうけれど、不安だけ抱えていたって結果は変わらないし不安を抱えている期間だけ損しているのかもしれないっていうのが自分のマインドセットらしい。だからきっと自分は何かを変える勇気もなく、今まで通り不平不満を連ねて、泣きながら死んでいく。泣きながらだ。それが弱い自分の最善だと予想している。それにしても介護の現場に立つ人間はもっと優遇されていいのかもしれない。それに税金が充てられなくなるのなら、やっぱり人を選ぶこともやむを得ないんだろうか。死にたくないし歳も取りたくない。それでも時間が進むのだから救いがない。不安だけ抱えていたって結果的に死ぬのは変わらないし……、って自分が言った損だけしているマインドセットそのままだ。人間がどうだかはどうでもいいが、自分は合理的に生きられそうもない。人生への期待が捨てられそうにもない。目についた問題が無くなることがないって、それどんな冗談だよ。

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