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星明かりの更新

真っ直ぐ立つために、少しの呪いを添えて。現人神へと変わるまで、リターンズ。

20160710

雑記

​ 考えを深めたら何事も深いところに辿り着くものだっていう感じの記事を見た。そんな思考体力はないが、面白そうな世界だ。頭の中ではRADWIMPSの携帯電話だとか、Aimerの蝶々結びを思い浮かべてる。すべての物事がこれぐらいの彩度で見えたら、どんなに素晴らしい世界だろう。きっと自分では受け止めきれずに、頭がおかしくなってしまうだろうけれど。深くに潜りたいなら必要なのは一人の時間と思索の時間なんだろうか。例えそんなことが出来たとして、他人に伝えられなきゃきっと虚しいと思う。

​ 俺が書きたいことは書けてる。けど数字が回すカウンターを見る限り、他人が書きたいことはきっと書けてないんだろう。自分を蔑ろにしても意味がない。他人を追っても意味がない。両輪を回さなくちゃあ意味がない。俺には出来ない。

​ 話を聞いてもらえる力ってのがあるらしい。ポジティブさ、話の構成力、物語の強度、必要とされている情報、人間自体の魅力、筆力、信頼、ツッコミどころの多さ、声の大きさ、外側の華やかさ、煽り、嫉妬、憧れ、同質性、共感、好意の返報性、立地、営業回数、圧力、階層、上下関係。あんまり思いつかないし幾つか被ってそうだ。自分自身の話が聞いてもらうような話であるかは疑問だが。

​ 職場の掃除は出来なくもないけれど、身の回りの掃除が全くできていないのはおかしな話だなあと自分の作業場所を見て思った。職場の掃除なんて極論を言えば自分がしなくても誰かがしてくれるだろうが、自分の生活スペースを誰かが都合よく掃除してくれることは考えにくい。職場の掃除をしていようとさして何も思わないが、自分のパーソナルスペースを掃除していると、『無駄なことをしてるなあ』だとか、『初めから片付けていたらこんな時間を過ごす必要なかったのに』だとか、そんなことを考えていた。何の違いなんだろうなあ。

​ 一日の上澄みだけを掬っても底には辿り着かないんだろう。気持ちだけが先に行きたいと逸る。俺の人生ってのはこんなに安いもんなのか。それも仕方ないと見つめるとこからか? もっと価値を上げていきたい。なら目的と手段を最適化しろって話なんだよな辛いな。

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