読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

星明かりの更新

真っ直ぐ立つために、少しの呪いを添えて。現人神へと変わるまで、リターンズ。

20160629

 早く寝ようと思った。またしばらく文章がなおざりになるのかもしれない。誰かが気が付くとも思わないけども、なんて書いていなければ数日後の自分だって忘れている。一年の上半期が終わるらしいってのを各所で観測していて、すこし振り返ってみようかなんて思って自分の日記を見返していた。自分の日記を見返していて思うのだが、自分の一日を出来るだけ詳細に書こうとしていたり、何かに負けていたり、何とか面白い言い方をしようとしてそうでもない様子を見ていると、俺の日記は俺が見る分には十分面白えわって気になる。自画自賛してる奴は評価に飢えてるんだろうなあと思っていて、だから自分だってそうなんだと思う。自分のコンテキストと他人のコンテキストってのは違うってのが頭では分かっていても、このギャップを直感的には受け入れられていない。寝なきゃいけないってのは自分の中ではあまり自然に出来ていないことで、だから理性を使って頑張れって思ってる。寝るまでの間に少しでも多く書いとけって思っていて、普通に日記に書くことを考えてたんじゃ二時間くらいが簡単に溶ける。これが一時間くらいに圧縮できたらぐっすり寝れるなって思うんだけど、別に日記を書く必要なんざないしそんな時間があったらもっと有意義に使えよって思う。まあ、寝るくらいしか思いつかないんだけど。自分の思考を文字に書き起こしておけるってのは娯楽だなあと思っていて、誰かに自分の思いを話せるのも娯楽だなあと思っていて、情報を共有できる相手がいるのも娯楽だなあと思っていて、だからなんだかブログも娯楽だなあと思った。これでも自己検閲をしながら、書いても良いことと書いたら面倒くさいことを分けているつもりだ。いちいち頭で一回止めながら書くもんだから、たびたび手が止まる。もっと早くもっと早くって急かしてみるのだけど頭の解像度が追い付いてこなくて文字にならない。何を書けば良かったんだっけ。そう言えば自分はダウナーな人間なんだろうなと思っている。ダウナーの意味もよく分かっていないのだけど、放っておいたら勝手に落ち込んだり切なそうな音楽を聞いていたりする。その方が自分にとって自然なような気がしてそうしているのだろう。元々から気分屋なところは見え隠れしていたんだろうと思う、小さいころから。上がったり下がったりしてることが変なのだと思ってどっかで一定にしたいと思った。そんで自分にとっては上げるより下げる方が簡単だったから常に下げるようにしたんじゃないだろうか。っても上がるときは抑えきれずに上がるので、余計に振り幅が大きくなったようにも感じるのだが、まあ自分がそう望んだなら別にそれでいいのだろう。しかしダウナーな人間から見たらやっぱり同族には見えないんだろうなあと思うと少し寂しい? 寂しいとまではいかないが『ああ、仲間にはなれないんだ』みたいなことを考える。自分から見たら同じように見える人同士でも、当人同士ではそれほど似ていると感じていないんだろうか。お姫様みたいな恰好をしていたり、運が味方していようと自分自身が走り出せなかったりって俺は女の人のことしか見てないなあ。文章に書かれていることを読めばその人が何を見ているかが分かるか? 俺は自分と女性しか見ていないらしい。驚くほどの視野の狭さよ。東京に行きたいって気持ちは薄れつつある。元々が憧れを燃料にしていたもののやっぱり憧れは憧れでしかないなって風に自分の気持ちの中で折り合いが付けられつつある。きっと理由の始まりがここから逃げたいってところから来ていて、東京ってワードはその強度を増すためだけにでっちあげられた産物なのだと思う。代替として彼女をつくって近場で同棲をするってのも考えられる。これもここから離れるって強度を増す理由だ。東京に行くのと彼女と同棲するのだったら、自分は東京に行く方が簡単な気もするけどさ。この間、結婚はしてるんだっけ?と聞かれて、自分自身は別にその言葉に対して不快は覚えないのだけれど、他人によってはもう自分にそういった役割を投影しているんだなあと思って驚いた。一番の驚きは、自分がそんな年齢になってしまっていることだろう。時間の進みが不可逆なら、ずいぶん遠くまで来てしまったもんだ。もう幻を追っている場合なんかじゃないのかなあなんて思う。今この瞬間に掴まないと後悔する時まで来ているのかもしれないな。

広告を非表示にする