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星明かりの更新

真っ直ぐ立つために、少しの呪いを添えて。現人神へと変わるまで、リターンズ。

20160624

日記 雑記

 喉に違和感は残るものの、痛みはかなり収まってきた。ほとんど一日かけて、ようやくPaizaのCランク相当の問題が解けた。他の問題はいつになったら解けるのだろう。今のままではBランクも夢のまた夢だ。PaizaのDランクの本問を幾つか解いてみて、コーダーの称号を手に入れる。推定年収の項目を見てみると、今の年収と近似していて、『やっぱり俺の能力の限界がこの辺りなんじゃんか~』と独りで笑っていた。Cランク相当の問題は、恐らく筋道に一つか二つ例外が用意されていて、それを踏まえられていないから正解にならないんだろうなあと思った。きっと論理的に考えられていないんだろう。問題の要素を見て、見りゃ分かるだろ!なんて言いたくなるのだが、言葉でその構造や手順を示そうとすると詰まる。自分は人間ってスペックに甘えているのだろう。大体こういう操作が必要なのは分かるけど、それってどう表現すればいいんだろうっていうのはまさに外国語っぽいなあと感じる。外国語なんて一つだって喋れやしないけれども。Twitterのタイムラインにつらたみビンゴと言うのが流れていて、その中に五感が過敏になるという項目があった。五感が過敏と言うかは分からないが、たまに視覚の上に触覚が乗っかってるんじゃないかと思うことがあって、人混みの中にいたりすると変な圧力を感じるのでとても逃げ出したい。そんなことを考えていた。人混みが嫌いとは言うものの、お祭りだったり飲み会だったりはわりかし好きだ。ただ渦中にいる時間は短めに抑えておきたい。全くないのも寂しいが、ずっといるのも辛いものがある。頃合いを見て外から眺めていたい。儀礼的なものと違って、(自分から見て)楽しそうに見えれば、そこそこ観察を楽しめる気がする。グループ図だったり、相性だったり、服装だったり行動だったり。人が集まっていてかつ儀礼的な場だと鼓動が早くなる。もし前世なんてものがあったとしたら、自分は生贄にでもされた経験があるのではないかと思うほどだ。道をつくるってことについて考えていた。自分の作業先は非正規雇用の割合が高くて、人材の流動性が高いと言えるのだと思う。去年いた人が今年もいるとは限らない。更に引継ぎなんてものがあってないようなものだから、新しく入った人は自分で道を見つけないといけないってことがざらにある。自分も非正規雇用でいつまでいられるか分からない上に、もはや若さくらいしか取り柄がないので正規雇用を目指すとしたら早く動かなければならなかった。そんなところでイギリスのEU離脱の方針決定のニュースが流れていたりして、また雇用情勢が悪化するのかなー、売り手市場の間に動いておくべきだったのかなーなんて今更になって言っても遅いのだけれども。まあ、辞めるにしても辞めさせられるにしても自分がした仕事ってのが道になるよう形にしたい。負の遺産になるかもしれないけれど、それなら後の人間がきっとそれよりマシな道筋を示してくれると思う。これくらいの仕事だったなら俺はもっとちゃんと出来るよ、のような。少しでも次の世代が楽になるように道の雑草を刈っておきたい。きっとこの道は月にも都会にも繋がっていないだろうし、ただの一地域の小道に過ぎない。それでも自分はこの道も必要だと思う。俺に能力があればずっと便利な道も形に出来たかなあ。この公器も磨いて元の価値にまで戻すことが出来たのかなあ。会社も規則も顧客もどうでもいい。隣人となる同僚に報いたい。それもおこがましいぐらいに無力だ。それでも理想を求めたくなるから歪みと失敗が出る。後から入った人間が一日でも早く自分を追い越せるように補助できるようになりたい。ひいてはその後に、自分の後輩が自分の先輩を支えてくれるといいのだけれど。そのためにはもっと作業と背景構造の言語化に努めないといけないんだろう。仕事が出来ないなりにももっと知識がいる。インプットなしにアウトプットが出来るはずがない。と言ってはみるものの後から入った人に抜かれるのも癪だし仕事の矢面にも立ちたくないなあ。弱い理念だ。

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