半径マイナスの生活空間

現人神へと変わるまで、リターンズ。

 今日も素晴らしい一日だった。もっとそんな声が聞きたいのだけれど、難しい。実際に誰かとそれを話題にすることは中々ないだろう。ネットでも、わざわざそんなことを書くのは少数派だろう。もっと幸せに溢れた世界だと思っていたい。そうであるといいなと思う。

 テレビから流れるニュースを見ながら、全員が幸せになるのは無理だなと思った。倫理を捨てれば可能なのかもしれない。倫理なんて幻想だと思っている。それなのに、それを捨てるか、捨てないかと考えている。倫理という歪みに囚われているんだろう。

 トガミは歪みの中にしか生きられないのかもしれない。人間を尖鋭化させた先に残るものは何だろう。そもそも人間はどこかに到達するものなのか。どこか感情というブラックボックスに振り回された、中途半端な選択の上を揺らいでいくしかないのかもしれないと思った。

 鮮明な自己主張を持っている人を、羨ましいと思った。普段から何を思って生きているんだろう。どうやって対象と向き合っていれば、意見が研ぎ澄まされるのだろうか。

 充実が欲しい。どうやって充実を得るものなのだろう。目標があれば充実するか。一生懸命になれば充実するか。目標はどこから降ってくる? 一生懸命になる方法は? 一生懸命になればいいのだろうか。もう一度くらい、滾るような感覚を得たいものだ。

 「自分が何になりたいかよりも、誰に必要とされているかだ」という記事を見た。何になりたいかが曖昧なまま過ごしてきている。同じくらい、誰に必要とされているのかも曖昧だ。はたしてトガミはどこかで必要とされているのか。それはトガミが必要とされているのか、物言わぬ労働力が必要とされているのか。物言わぬ労働力としてでも構わないが、それにしても法律は守っているところの方が都合が良いし、人間関係含む環境が良いところだと良いなあと思う。

 文章は人を救うだとか、笑顔は共通言語だとか、そういう真実めいたものが欲しい。トガミにとって真実だと信じられるような、原動力になるような、自分を突き動かす普遍が欲しい。