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星明かりの更新

真っ直ぐ立つために、少しの呪いを添えて。現人神へと変わるまで、リターンズ。

右折できずに通り過ぎた日

 当人が話した後を追っていれば、地雷を踏むことはないだろうと考えていたのだが、当人だけが許される聖域みたいなものもあるんだなと思った。何も考えずに後ろを付いていくと、そのまま崖の下まで道連れになるらしい。

 ゲスの極み乙女の「私以外私じゃないの」を聞いてみたら、思いのほか好みの曲だった。あまり良い印象は持っていなかったのだけれど、屈服。

 むかし書いた文章を読み返して、こっちの方が日記らしいような気がした。良いか悪いかは分からない。そもそもブログを書く目的なんてのも上手く見いだせていないんだから、難しく考える必要もないのだろう。

 今の幸せだとか満足を辿ってみると、幾人かとの会話と数種類のツールで成り立っている気がする。数種類のツールスマホで賄っているので、会話とスマホか。

 幾人かとの会話で満足が得られるなら楽なもんだ。そう思うのだけど、自分で考えているほど楽じゃないようだ。トガミは鎖以外に誰かと関わる技術が欠如している。自ら理由を立ち上げられないし、外からそれが与えられるのを待っている。誰かとの会話を求めるのにも、自分で欲しがる一方で、どこからか理由が降ってこないかと期待する日々だ。

 今の幾人かと話せるのも鎖があるからだ。職場の鎖、部門の鎖、時間帯の鎖、定位置の鎖、問題の鎖。誰かとトガミを繋いでいるのは偶然でしかない。自分で干渉できることがどれほどあるのだろう。この鎖にも綻びがある。これは時限制で恐らく3月には切れているだろう。いつかは壊れるものだ。

 喜ぶべきか悲しむべきか、トガミの今は幸福だろう。これ以上に良くなる想像が難しい。反面、ひとつの歯車が狂うだけでも簡単に悪くなっていくだろう。今のトガミに老いは避けられない。悪化からは逃げられないんだろうとさえ思う。

 トガミは絡み合う何かに縛られて今の幸せを享受している。M気質なのかもしれない。