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星明かりの更新

真っ直ぐ立つために、少しの呪いを添えて。現人神へと変わるまで、リターンズ。

備忘録 「自分本位」の文章

 一週間縛りを破って文章を書く。今日は、すこぶる気分が良いようだ。終わりの始まりともいう。後は下るだけだ。


 最近は「誰が好きで働くかボケ」と独り毒づくことが多かった。今も根幹にはその思いがある。ただ、アルバイト終わり、夜道を歩いていると、誰かのために働くのもそう悪くはないかもしれないと思った。

 接客業ではあるが、人と関わるのはそれほど好きなわけではない。しかしながら、死ぬほど嫌いというわけでもないらしい。

 知らない人のために献身する気も起きないが、同じ働く側、例えば同じアルバイトや社員さんの負担を減らすように考えるなら、そこそこやりがいも感じられるような気がしないでもない。と言うのが現時点での答えだ。

 良く思っている相手、尊敬している相手の為になると思えば、まだ我慢できなくもない。“一期一会を大事にする”や、“まずは自分が先に与える”等よりも、そっちの方が、自分の肌に馴染むような、そんな感覚を覚えた。

 与えられた分を返すだったり、自分が気に入ってるから優遇するの方が、考え方はクソッタレかもしれないが、トガミにはノりやすい。

 
 人は成長が止まったとき、緩やかに死ぬといった言説を見かけた。これから万年アルバイトかもしれないと考えると、仕事という一面ではトガミは緩やかに死ぬのかもしれない。が、殆どの人はそうなんだろう。
 
 その言説では、かつての終身雇用や年功序列が幻想を保っていた、と書いていたような気がする。技術職や専門職ならば、仕事を続ける中で自己の成長を見込めるかもしれないが、アルバイトとして、自分のさせて貰える範囲の業務では難しいかもしれないなと思う。

 とは言え本来、業務に全ての問題があるわけでもなく、自ら積極的に取り組む気概が足りていないのが問題なのだろうけれども。

 トガミが度々、新しいことを始めようと妄想するのも、これらの影響なのかもしれない。仕事以外に自らの成長を実感できるものを、無意識に求めているのだとしたら、それはとても面白いことだ。

  
 最近は、恐らく訳もなく気分が優れなかった。だからこそ全部忘れたいと思うことも多かったし、余計なことを視界に入れたくないとも感じていた。そんなときに『無心になれる趣味、ありますか? - ぐるりみち。』を見かけた。

 何となくだが、これだと思った。自分の思考をぶっ飛ばす方法として、トガミは、「自分本位」の文章を使っていたのだと思った。思考を飛ばすために、思考を追うのが有効かもしれない。多分、そのために、黒歴史を量産していたのだろう。やり方として、利口ではないし、誉められるものでもないが、改めてそうやって捉えると、何だかおかしくて笑いが込み上げそうだ。そういう時間が必要だったんだろう。

 リンクを貼るだけで通知が飛ぶのは精神的な負荷が大きく、重たい。例えばコマンドとして“:言及通知”だとか、idコールを併用したときだけ通知が飛ぶようになるだとか、将来的にそんな風になったらいいななんて思った。


 何はともあれ、今日は気分が良い。ただ一人の所作でこれだけ一喜一憂できるのに、時間はそれすらも奪おうというのだから残酷だ。今日は気分が良い。だからこのまま、時間が止まればいいのに。