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星明かりの更新

真っ直ぐ立つために、少しの呪いを添えて。現人神へと変わるまで、リターンズ。

文章と考えごと、止まらずに進め

雑記

 周りで文章だったり思考の話をよく見かける気がする。観測範囲の問題、それか都合良くそればかりを見ようとしてるんだろう。その理由は分からない。

 

 文章を書く意味については何度も書いて諦めている。探せば似たような文章が続々と出てくるだろう。それらを平均化したとき、前に進んでいるかどうかなんてことは今も分からない。元々、そういった考え方の適性がないと思っている。長期的には得なんて言われても、長期的に待てるような人間ではないのだ。

 そんなわけで文章を書く意味に対しては、諦めている、になるのだろう。見当たらないし、今は無いものだと思っている。あればもう少し喜べていたかもしれない。が、現時点で無いからと言って悲しむほどでもない。多分ね。

 思考を例えると何になるだろう。VAKモデルなんて言葉がある。Visual,Auditory,Kinestheticの頭文字を取ったもので、視覚、聴覚、触覚のどれを軸にして物事を認識しているか? といった話だった筈だ。言語優位、というものも何処かで見たことがある。あれは恐らく非公式だったのだろう。wikiより。

 自分ではV、要は視覚優位型だと思っていたのだが、こと思考においては何となく違うのかもしれないと思ったりもする。考えるときは大抵、目に映像は入っていないような気がするし、言葉が文字として浮かぶようなことはないと思っている。が、正常と呼べる基準が無い中で自分がどう認識しているか、なんてものが分かるとは思えないしこれからも分からないだろうと思っている。

 自分では視覚に頼っているつもりが一度考え直すと答えがどんどん移ろう。何故移ろうという単語を選ぶに至ったかなんてことは分かりそうもない。そこに映像がはたしてあったのか、無いとしたら音から認識したのか別の方法で知覚したのか自分では判断のしようがない。

 実際そう真剣に考えているわけでもなく、書きたいと思っていたらその話題が目に入ってきたに過ぎない。ただ喋りたいだけで内容に関してはこだわりもないんだろう。自分がとりあえず満たされるかどうかしか考えていないしそれだけの余裕しか無いとも言おう。

 それで嫌われるとしてもせやな、しか言葉はないし、嫌われるほか選択肢はない。とりあえずでそちらを選ぶくらいには魅力があるのだろうし、何より嫌われるのが自然な状態だと思うしかない。そして泣く。

 せめて推敲くらいすればいいものをそれをしないで投稿するのだから甘んじて受け入れるほかない。一度止まってしまえば文章は浮かばず、書いた後に一部を直そうとすれば全体が死に絶えて使い物にならなくなる。それを乗り越えるくらいの気概を今は持ち合わせていないのだ。