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星明かりの更新

真っ直ぐ立つために、少しの呪いを添えて。現人神へと変わるまで、リターンズ。

2014年 11月18日(火)

日記

 経済的自立のゴールみたいなことを考えたとき、最近は、正社員と老後の資金が~、とまた考えていたような気がする。正社員が、老後の資金が、は今の自分にとって手に入らない、若しくは手に入ったところで形だけのものなんだろう、とは思うのだけれど、行動や体感まで反映されていない気がする。夢見がち。

 自分の生活費がどれだけ賄えるか、どれだけ長く続けられるか、であって、老後を見据える、みたいなのは目線が高すぎる気がしてきた。


 レールの外ってこんな景色、を見たものの、個人的な生活は変わりそうにないというのが本音にある。まあ、レールを外れようと思って外れた訳でもなく、自己を慰める必要があるほど自分を責めることはないし、今のところ他人に責められることもない。

 が、他人に責められたとき、こういう考え方があって、と言う気になるかどうか。それは現実で自分の立場を棚に上げて発言しようとも思わない(だろうと思っている)し、例え自分の説明能力が最大だったところで伝わるとも思っていない、と言うのがある。反動で、ネットではダブスタ誹謗中傷を積極的に他人に行っていくのだ。

 レールの外ってこんな景色に出る人たちとの違いを考えると、まず違いとか考え始めちゃうところでしょうね、とツッコミがくる気がする。後は主体性と行動力の無さと人見知り辺りが浮かぶ。

 たられば((Twitterアカウントではない)そんな説明はいらない)を考えると、人見知りはどうでもいいとしても主体性と行動力の無さは問題だろうなと思った。


 道のりとして、今からの最短はこの辺りの短所を無視して進めることだろうなと思う。何も考えず人に会う、とりあえず行動する、とか。コンフォートゾーンを知っていますか、とは自己啓発系でよく見る引きだ。

 人見知りはどうでもいい、と書いたのは田舎の人口比率と機会云々と書こうと思っていたのだけれど、割とネガティブよりな理由の気がする。が、移住系を見るとどうかなあとも思う。

 
 ああ、どう転んでもこうだったかあ、と再確認しただけらしい。


 レールの外って結局ブログのマネタイズかあ、みたいな意見もあって、それのカウンターで彗星みたいなロールモデルも増えていくんだろうか。今、近いのは馬だったり狸だったり梟になるのかな。

 やっぱり文章だったりプログラミングは親和性高そうだなと思う。それなら、そこから離れた世代が出てくるのはいつだろう。そもそもそれはブロガーか、と言われると悩む。がブログは手段として収まるのがやはり本来的なのかもしれない。

 結局は、個人にスポンサーがつく時代、ツールの良さはそれぞれ、に帰ってきそうで気づいたら後退してた感ある。

 
 日記は日記とラベリングしていかないと目に入りづらくなるのかななんて思った。今後も剥離は進みそう。


 つくって売る、紹介して売るまでは自由に出来ていそうだなと思った。本田健さんか誰かの才能の八類型。他にどう組み合わせば増しになるだろう。


 一次産業の方が向いているんだろうか。


 探してまで仕事をしないといけない。ふう。

 
 周りが優れている、と言うのもなかなか面倒なものだ。なんで、、なんてことは言えそうにない。死にたくないが、何か出来るとも思わない。

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