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星明かりの更新

真っ直ぐ立つために、少しの呪いを添えて。現人神へと変わるまで、リターンズ。

2014年 10月18日(土) “自分に適した場所”へ思いを馳せる

 久しぶりに体へアルコールを入れたせいか、体調が悪い。季節の変わり目だから、と言うのもあるのだろう。風邪の初期症状のような気もするので、悪化させないようにしたいところ。

 
 Twitterで気になった人をフォローしていく。無差別に増やしていって、振り返ったときに、自分がどんな人をフォローしているのか気になった。明確に偏っていてくれれば、自分がどこに居るのか分かるかもしれない。

 さらっと見てみると、何かの作品を通して憧れていたり、どこか自分を重ねていたり、何らかの行動をして貰っていたり、良い意味で「そんな考え方があるのか」と改めさせられたり、に分類できそう。

 
 最近はミニマリストという言葉を目にする機会が増えた。最小限主義者とも言い換えられる。可能な限り物を持たない人たちを表す。

 そもそも物質的にも満たされていないと感じることが多いので、あまりミニマリズムには共感できていない。けれど、生活の洗練だとか、所有にも一定の理由があるのは少し憧れる。

 
 自分の中での条件を加味してフォローしていくと、50前後になった。大体100ぐらい、最悪150くらいまでは増えても仕方ないかと思っていたので、喜んでいいのやら悲しめばいいのやら。

 自分の好きなものが何となくでしか分からないので、どうやって広げていくか迷う。例え少なくとも、それはそれで別に良いのだけれど。

 
 自分の好きなものについて考えてみると、それは「知ること」に近い何かなんだろうと思う。それは何でも良い訳じゃないらしく、『本屋に行って考えた、私が惹かれるもの - 鷹と矢と蠍』で取り上げられているようなものが好きらしい。「なぜ」や「なに」よりも、「どうやって」に近い部分に答えがありそうだ。

 私はどうやって、それを追えば良いのだろう。普段から追い求めているはずなのに、何も思いつかない。いや、何も思いつかないから追い求めているのだろうか。

 他には『2014年 10月7日 夢の記録 - 鷹と矢と蠍』に関連しそうなこともだろうか。創作や夢や、知人の近況。それらを含む物語を見ることだろうか。


 書くことや情報を発信する事によって、何かを知ったり情報を得たりということにも少なからず、憧れがあるような気がしている。けれど、自分の中でそれを文章に出来ずにいて途方に暮れている。

 知ることについては自分でも分かっていないが、物語を見ることに関して言えば、出来ないこともないはずだ。誰かが「世の中に、つまらない物語はない」なんてことを言っていた気がする。しかし、物語が良いものだろうと、どこか面白がれない自分もときには存在する。ちなみに、寄生獣サイコパス2に現時点でかなり期待している。蛇足。


 答えばかり追い求めているように感じて、『自分には中身なんか無いんじゃないのか?』と思う。恐らくそれはあまり外れていなくて、後は何処に差し出すかの話なんだろう。

 
 着地点を見失ったのでシャットダウン。気が向いたときに、また考えよう。