読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

星明かりの更新

真っ直ぐ立つために、少しの呪いを添えて。現人神へと変わるまで、リターンズ。

私にとっての早く書くことの効能

日記

 比較的ノっていた、気がする。けれど、書くことが枯渇してきた。今日また新しいことがなければ恐らく書くことも思いつかないだろう。

 今日の良かったことについて考えてみると、美人と話す機会があった。カフェオレが美味しい。やけに短文を何度も書いているになるのだろうか。筆が乗っている間は気分が良い。大抵は後悔を招く諸刃の剣だ。公開するだけにね。そう、こういうの。

 機会があったことについては後悔していて、返答くらいできればもっと良かっただろうかと考えている。精々、返事くらいのものだった。適切に言葉にしないと、物事は伝わらないことの方が多いと思っている。現実のツンデレは誤解しか招かない。

 私は現実において「察しろ」というコミュニケーションをする事が多いように思う。その割には他者に言葉にしてくれと考えることの方が多くて矛盾しそうだ。他人は他人、自分は自分。用法によっては悪手だと言うべきなのだろう。

 言葉にする、行動する。何と言えばよいか、出来る限りは報いたいなと思うことが増えた。そう考えていないと、他人のために何かをしようと思えなくなったとも言えるのかもしれないけれど。

 書くことが枯渇する。それが悪いことのように考えていたけれど、それもきっと裏表なのだろう。私にとって細く長く書くことが正しいのかどうかなんて私には分からない。

 むしろ、書き尽くして消えていく方が誰かの精神衛生上は良いかもしれないし、書けることをすべて書けたのなら、私の価値観、間違い、分岐点、人生で得たすべてを提供できたとも言えるのだろう。それは未来では遅いかもしれない。早い方が良い場合も多々ある。

 実際は、特に何の目新しさもないだろうなというのが本音に近いのだけれど。目に入らないし、あってもなくても大差はない。そんなところだろう。

 よく分からない。分からないけれどノってさえいれば、その状態で書いてさえいれば気が紛れる。