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星明かりの更新

真っ直ぐ立つために、少しの呪いを添えて。現人神へと変わるまで、リターンズ。

ここ最近で楽しかったと書いたこと

 楽しかったことには基本的に他人の存在が出てきているような気がした。

 他人と時間を過ごすのは、いや友人と言うべきか。友人と時間を過ごすのは、大体だが月に一度くらいの頻度のようだ。

 そもそも気軽に会えるような友人が少ない。空間的に遠いか、時間的に遠い。地元から出て行っているか、働きづくめで休む時間もないか。それ以外だと金銭的な理由もあるだろうか。

 新しく都合が良い交友関係を築くことが出来れば、それが最善なのだろう。しかし、相対的に見れば古いはずの人間関係に囚われている自分がいるように感じる。臆病なのか、価値観が固定的なのか。どちらにしても、新しく人脈を築いていこうという気概に欠ける。

 完全に誰でも良いわけでもないようだ。わざわざ全く話が合わない人間と時間を共有しても、自分のためにはならないだろう。かと言って、初めから親密な関係であったはずもないと思う。

 価値観が受け入れられないのか、それともかみ合わないだけなのか判別するには、それなりの時間が必要な気がする。

 完全に共有ではないにしても、どこかしら同じ考えを持っていたいと感じる。相反する様々な価値観を受け入れるのが望ましいとは考えても、意思疎通の手段に乏しい自分にとって、同じ足場がないのは少々つらいものがある。

 
 月に一度、会う人に困らないくらいまで友人を増やしたい……かな。それでは、あまりにも短絡的な気もするけれど。目的にするのが望ましくない目的である気がする。しかし、気にしない方向で。

 何か変化を感じたいとき、月に一度では、同じ人と会うには少し感覚が短いように思う。それも人それぞれだとは思うけれど。人に変化が起きるには、どれくらいの期間が掛かるのだろうか。

 「たった三年で人生は変わる」なんてキャッチコピーがあった気がするけれど、人生が変わるほどの明確な変化である必要もないような気がしている。それくらいの変化であった方が面白い気もするけれど、ね。

 変化を追うなら、出来るだけ人物は固定されていた方が面白いのかもしれない。固定することを目的にしてもしょうがないのだろうし、仲が良いならば大抵は固定されていく傾向にあるのだろうけれど。

 季節毎で考えるなら20人くらいで成功率8割くらいになるのだろうか。そもそも計算式が分からないし、個々の発生確率も分からないので適当と言うほかない。

 空間、時間、金銭の制限を軽減しようと考えたとき、実際に会う必要はあるかという疑問がある。そもそも自分は他人と同じ空間を許容するのが苦手だと考えていた。積極的に人と関わることで本当に効用が増すのだろうか。

 
 はて、な。それはまた今度考えよう。