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星明かりの更新

真っ直ぐ立つために、少しの呪いを添えて。現人神へと変わるまで、リターンズ。

求めていた自由

 有名になりたい。そうではなく、給料や現実での社会的地位で勝てないから何となく遊ぶ場所が欲しいだけなのかもしれない。遊び場が欲しいだけなら、有名になる必要はない。場所はある、後は使い方だ。

遊び場をつくるための計画の計画の手前 - 鷹と矢

 最終的な目標は、情熱を見つけて発信していくこと。

(中略)

 どれだけ中の人を活用できるか、他人を動かせるか。そして何かを残せるか。

中の人とWeblogについて - 鷹と矢

 何を求めているか。それは恐らく自由だ。巷では、自由になるためには好きなことをするのが一番の近道だと言われる。

 私の中では、創作や研究に励む人が専門家として一番に思い浮かぶ。私には彼らが自分の望むことや好きなことをしているように見える。そして好きなことをしている彼らが、誰よりも自由に見える。

 ただ表面を繕って、それを真似れば自由かと言えば、きっとそうではないのだろう。結局、そこに好きだったり情熱だったりが含まれなければ、好きなことをしていないのに変わりはない。

 好きなことをしていなければ、自由ではない/幸せではない。その考えが自分を苦しめるのでは本末転倒である。ただ、それ以外に自由を求める術を私は知らない。

 そもそも好きなことの追求が必ずしも創作かと言えば、そうでもないのだろう。自分の見識が狭いのかもしれない。

 自分は充分に幸せで、自由であるはずだと思う。それも自分なりに他人と比較した結果であって、他人と比較している時点で方法としては間違えているのかもしれない。幸せの尺度も、労働時間しか加味していない。

 本当に自由を欲しているかどうか。私には小さいながらも遊び場がある。この場所だ。ここは自由だ。自己の責任において、何だって出来る。それでも、与えられた自由をどう行使すれば良いか分からない。手に入れたのだと胸を張ることも出来ない。

 手に入れた箱は空だった。私はそれを望んだはずだった。しかし、喜べはしなかった。手に入れても、何も変わりはしなかった。求めていた自由、何故あんなに欲しがったのだろう。それは本当に自由だったのだろうか。

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