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星明かりの更新

真っ直ぐ立つために、少しの呪いを添えて。現人神へと変わるまで、リターンズ。

充足感を得るには、または三時間を何に使えば良いのか悩む

 人生のPortfolioについて悩む。そもそも、それについて考えること自体がおかしいのかもしれない。

 何かしら足りないように感じる。常に人生が満たされることなど無い。いつだって中途半端でも前に追いやられる。頭ではそう考えていても、それだけでは納得できる答えにならない。

 

 albeitだけあって労働時間は他人より短い。その分、給料も少ない。週休が2日あるが、基本的に土日は休めない。人が働いている時間を休み、人が休む時間に働く。

 土日に休めないことは、基本的にはどうでもいい。よほどのことがない限りは、平日だろうと休日だろうと関係ない。今年度に入って、土曜日に休みを取りたいと思ったのは2回だ。そのうちの1回は休みを取れているし、充分なのだろう。稀に面白そうな催事が土日にあるが、普段の恩恵を考えれば大幅に悪いとは言わない。ただし、残念なものは残念なので愚痴を言うのだけれど。

 給料が少ないのは問題だ。しかしながら、自分に付加価値は存在しない。単に時間を切り売りするような仕事しか思い付かない。労働時間を増やすしかないのだろうか。現在の給料は損得が相殺されるくらい。とは言え長期的には損失が増えるのは想像に難くない。それに食費、家賃を除いての話なので実家にいられなくなったら詰むのだろう。都会で挑戦するというのも、私には夢のある話に見えなくて、本当に生活していけるのか懐疑的だ。そもそも都会に出て行く費用も無いのだけれど。

 若さというresourceが残っているうちに何とかしなければまずいのだろうと思う反面、そもそもそれは何に対して、どう使うものなのかも実感が湧かない。歳を取ってからああすれば良かったと嘆いたところで、自分が最適に資源を割り当てられたとも思えない。

 仕事の内容は基本的に変わりがない。それでいて、いつまで経っても覚えられない自分がいることについては笑うしかない。貰える給料については固定されていて、時間も金額も基本的には動かない。景気が良くなったところで、結果的に物価諸々の支出が増えるなら関係がない。それに、上がるなら下がる。

 仕事を変えるか、増やすか。変えるに到っては、こと地元においては運の要素が大きい。自分で選ぼうとするならの話だけれど。増やすと言っても、最大でも5000円に届かないくらいだろうと感じている。自分でやるなら、もっと低いのではないか。直近で似たようなことを書いた気がしてきた。

 持続可能な水準を考えると、何かを給料に変える必要がありそうだ。現時点では若さ、つまり時間しか思い当たらない。けれど、時間は減る一方で増えることはない。一度、時間を蓄積できるものに変えることが望ましい。それは恐らく経験や知識であって、時間から経験/知識、そして給料/金銭に換えられるのが理想なのだろう。

 建前では、大体8時間くらいの労働が主流なのだろう。私は5時間労働だ。目安で言えば、その3時間を一体何に使うのか。とりあえず今は寝ている。ここで何かの価値に変換しておかないと、後で振り返るときの総量が変わってくるのだろう。しかしながら、何をすれば3時間が最終的に金銭に変えられるのか。何をすればではなく、何かしろよに話は落ち着くのだが。

 
 今の浅いところから一生を考えたとき、はたして給料のことだけを考えていて満足なのだろうか。金額の多少ではなく、他の軸は存在し得ないのだろうか。給料がどうこう言う前にも、並列して行動できることは本当に無いのだろうか。

 他人と比較する中で劣等感が生まれる。そこから正常を保てない自己の中で罪悪感なりが生まれることもある。けれどそれも内側で完結している話であって、必要か不必要かはどちらでも構わないのだろう。

 何をすれば満足であるかの指標が複数に渡れば、どれかしら達成できるのではないか。現在、満足できていないものと言えば給料、それとPC及びそれを使う環境が無いことくらいだろう。ただ、それまで満足できていないと騒ぐとなると尚更辛くなるような気もする。
 
 可視化や明確化をすれば、効用も変わるかと思ったが微妙なところだろう。足りないものは足りない。やはり嘆いても何も変わらないし、嘆くほかにはないようだ。