読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

星明かりの更新

真っ直ぐ立つために、少しの呪いを添えて。現人神へと変わるまで、リターンズ。

元歌い手好きのメカクシティアクターズ感想

アニメ

 未視聴の方に配慮していないので注意。




 animation メカクシティアクターズ最終話を終えての感想。

 小説だったり、漫画だったりは見ていない。CDも持っていない。ニコニコ動画で配信されているうち、一回でも見たものを含めても半分にも満たないだろう。

 メカクシの主題は「たられば」分岐なのだろうと思う。間違えた時点より前に戻って無かったことにしたくなることはある。何が正しかったのか、何を間違えたのかを拾っていく形になるのだろうと思う。

 メカクシが自己紹介animationと言われているのを見たけれど、恐らくそれは正しく、物語は存在していないのだろうと思う。

 この作品を語る上ではMedia mixを知っていることが望ましいのだろう。しかし、分からないものは分からないので、分からないままに進める。

 メカクシは様々な媒体に広がっており、互いが補完関係にありながらも、細かな道筋が違っているらしい。楽曲とanimationしか知らないので詳しいことは分からない。それも恐らく分岐の選択の違いから、結末に違いが生じるものだと思われる。

 こうした楽曲以外の背景が存在する曲がカゲプロ前後から増えたような気がする。その原因については分からない。

 カゲプロは楽曲の方を先に知ったので基本的に楽曲を中心に考えてしまう。元々、カゲプロは苦手だった。作品が嫌いだったと言うよりも背景を知っていることが前提とされている空気を(勝手に)感じるのが嫌だった。

 PVに出ている人物の名前や、そのPVから読み取れない点にまで言及されているのに、何となく違和感を覚える。度々、その情報は何処から出てきたんだと考えたが分からなかった(自己責任)

 物語が存在しないと思った明確な理由はない。楽曲が個々に存在しており、それらを結びつけることで1つの話に繋がるのだろう。時系列こそあれど、話自体が複数の世界線から成り立つ話(だと思っている)ので、単純に並べればいいとは考えにくいと思った。
 
 楽曲自体が単独でも成り立つ部品であって、そこに正しい組み合わせや完成品は存在していないのだろうと思った。ある意味、自己の裁量に任された作品なのではないだろうか。

 animation自体は自己紹介と選択肢の提示で終わっており、「animationで知り得た情報を、各作品の「たられば」分岐の考察に役立ててください」といった説明書の類と言う方が近いのではないだろうかと感じた。

 この考えだと物語に近い何かしらを得るには、自らの行動が必要不可欠になるのだろう。その何かしらは、きっと楽曲の全てを自分なりに咀嚼した上での暗黙知に近いものなのだろうと思う。

 あくまで私個人の観測範囲から見た感想である。

 私にとっては各人物の名前と関係性が知れたので充分だった。