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星明かりの更新

真っ直ぐ立つために、少しの呪いを添えて。現人神へと変わるまで、リターンズ。

本気で苦しんでいる当事者に対して、私がしようと思うこと

 自分の中の整理として。

 苦しむこと自体は多かれ少なかれ、殆どの人が体験したことがあると思う。しかしながら、「本気で」という文言が付くとどうだろう。何を以て、「本気で」苦しんだかの明確な線引きは難しいように思う。
 
 なので取り敢えず、自分なりに苦しんだことを振り返って、自分語りをする。むしろ、ただ自分語りがしたいだけで、建設的な議論や模索をするつもりはない。

 私は就職活動に失敗した。自分が現時点で失敗したと考えているので、失敗していることにする。

 私が通っていた高校では、その先の進路として就職を選択する人間が半分を超えていた。そのとき、私も周りに流されるように就職を志望して試験を受ける。しかしながら試験を受けても内定は取れず、高校での就職を諦めて専門学校に進学する。

 友人たちが社会に出る中、自分だけが取り残されていくような感覚を覚える。しかし、学生であるうちはまだ、劣等感に苛まれることは少なかった。希望的観測だとしても、レールに戻れる可能性を信じられたからだ。

 友人たちの近況を聞きながら、私も頑張らねばと思った。ただでさえ距離の差を感じたのに、これ以上、離されたくないと思っていた。他人と比較してしか、評価を測れなかった。

 この時点で、私は友人と対等だと感じられなくなっていた。友人の「働きたくない」やら、「仕事が辛くて」が素直には受け止められなくなっていた。友人が私を茶化したとき、私は黙ってしまった。軽く返す内容など思いつかなかった。

 再び就職活動が始まって、何度面接に落ちたことだろう。私は諦めてしまった。面接に落ちた理由は、いくつも思い浮かぶ。何度も似たような失敗をして、その度に落ち込んだ。しかし、それは改善には結び付かなかった。

 失敗を繰り返しても見栄は捨てられず、素直にはなれなかった。形だけの就活は止められなかった。ただ漠然とした不安に突き動かされていた。時は過ぎ、地元に逃げ帰った。

 さて、ここまでの文章に対した意味はない。要は、そういう苦しかった状況のときに、「私は」何が欲しかったかだ。文章を読めば分かるだろうが、私は根暗だ。そして気分屋でもある。そんな私が欲しかったものについて。

 定期的な世間話だ。私は流されやすい性格だと考えている。1人でその失敗について考えていると、その失敗から離れられなくなる。

 だから、定期的にそれらを引き剥がして、気持ちを中立に近付けたかった。私の場合は自分の外部である他人と、問題との関連性がない話をするのが有効だと感じた。

 反面、これは外部に依存する形になる。自ら速度の調整が出来ないからといって、他人に自分の主体性を丸投げしているのである。よほど親しい間柄か、本職以外が行うのは止めた方が良いのだろう。

 毎日のように話をして、面倒くさいと思うことがあった。相手に対して不当に強く当たったこともあった。私の場合は友人が忍耐強く、今のところ「結果的には」 上手くいった。次も上手くいくような保証はない。

 私は「誰か」を、きっと見捨てる。本当に力になりたい人であっても、定期的に世間話を心掛けるくらいだ。
  
 それが、今の私に出来る最善である。